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悲しいこと、辛いこと、腹が立つことが起こる時

Posted on May 29, 2014 in カウンセリング

悲しいこと、辛いこと、腹が立つことが起こるとどう対処しますか? よく人は、時間が解決する、と言いますが本当にそうでしょうか?シャープな感情は薄れていくのは事実のようですが、ただ蓋をしてしまったのでは“Jack in the Box”(びっくり箱)のようなものです。何かの拍子に飛び出してくる、もしくは箱の中ではち切れそうなのをこらえている状態です。 泣く、怒り、この2つの感情は一般的に悪いもののように扱われていませんか?でもこれらも他の感情と同様に表現していいんです。どう表現するかがキーなのです。 社会的に認められない手段で表現したら問題ですよね、特に怒りは。 箱の中に押し込めずに何らかの方法で表現することを通して自分の感情に向きあうことによって本当の意味で気持の整理ができてきます。 気持ちを表現する手段は色々あります。言葉だけが手段ではなく、絵を描く、歌う、ダンスなど。一人で表現して落ち着くこともあるでしょうし、シェアーできる誰かを必要とすることもあるでしょう。

家族や友達に聞いてもらうことはありますか?これも時々がっかりされられたり、逆にもっと傷ついたりするものです。どうしてでしょう?私たちは親切心から辛い思いをしている人にアドバイスをします。ところが傷ついているとき私たちが一番求めていることは、聞いてもらうこと自体であり、受け止めてもらったと感じることなんです。たとえアドバイが正しくても “本当にそうね。ありがとう” と言える心の状態ではないのです。

 

カウンセリングについて二面の誤解があるように感じます。

一つは、精神病に関わる治療的なイメージを持たれている。もう一つは人生相談・アドバイスを受ける場と思われている。これらの誤解につては改めて詳しく書くことにします。

短くカウンセリングについて説明すると、評価・善悪を判断される心配をすることなくそのままの自分を話せる場です。それが、先に書いた “自分の感情に向き合う” 第一歩です。

 

 

©Makiko Nakazawa 2014

アサーティブネス (自己主張)

Posted on May 17, 2014 in カウンセリング

自己主張するということは、自分勝手とか、わがままなことではありません。また、決して相手を言い負かし自分の主張を通そうという攻撃的な姿勢で発言することでもありません。それは、他の人の価値観や行動にだた従うのではなく、理解し合いたいという思いから、正直な自分の考えや気持ちを表現することです。

相手がどう思うだろうか、嫌われたくない、という心配から自己主張しない人がいます。このような人たちの多くは、いざ自己主張しようとすると爆発したように感情的になってしまうことが多いようです。

相手の考えに同意しているなら従うことは間違ったことではありません。しかし、相手の発言で傷つけられているのに、自分に正直な主張ができないばかりでなく “もう、それ以上言わないで”と自分を守ることをもできないでいる人もいます。

自己主張をさせてもらえずに育った人にとっては、黙っていることに慣れているので、波風を立てない方が安全で、自分を引いて従うことが人間関係をうまく保って行く道と思っているでしょう。

逆に、攻撃的に主張して相手が考えを言えないようなことは起こっていませんか?私はきちんと自分の意見が言える、と思っている人も立ち止まってみてください。威圧的に言っていませんか?相手が Yes と言わざるを得ないような言い方をしていませんか?

これらは、果たして健全な人間関係でしょうか?相手の考えと違う考えを持っている時にも素直にそれを伝達し合える関係が互いに成長しあえるいい関係です。あなたの周りの人との人間関係はどうですか?夫婦間、親子間、友達間、上司・同僚… 色々な人間関係があります。正直な考え・気持を言えていますか?

勇気を出してはっきり自分の考えを述べること、一歩下がって普段あまり意見を言わない人に発言する機会を与えてあげること、そうすることによって両者が得るものは深い信頼関係だけでなく、共に成長できる点に大きな意味があると思います。

本当の自分と出会う – 渡辺裕子さんから学ぶ 2

Posted on May 17, 2014 in カウンセリング

渡辺さんが書いておられる別の部分を紹介します。

 

 “本当の自分と出会う”(48頁)という章で故林家三平師匠が語った小話が紹介されています。

家族が山で遭難した。救助を求めると上・中・並のどれにしますかと問われます。上はヘリコプターを使って探す、中は歩いて探す、並みはみんなで腕組みして心配する、というのです。

渡辺さんは、私たちが生きる姿勢にもこのようなランク付けがあるのではないかと書いています。

 

 “人間の出会いの中で最も感動的なものは、自分との出会いだと思います。 … しかし、とうとう自分と出会わないままで生涯を終わってしまう人のなんと多いことでしょうか。自分探しにも、上・中・並があるのかもしれません。本気で探そうとする上の人、そのうち、ゆっくりの中の人、 何もしようとしない並みの人。本当の自分と出会ってこそ、自己成長も自己実現も可能となります。”

そして、無意識下に迷い込んでしまったもう一人の自分を探す意味の大きさを本全体を通して語っています。その第一歩は、自分が自分と出会っていないことに気づくことだと書いています。

 自分がこうありたいと思う姿に程遠いと認識している、これはスターティングポイントに立っているということではないでしょうか?

 “あたたかい目で人間の心を見つめることのできる人との出会い”と渡辺さんがいうのは、彼女がカウンセラーに出会ったこと、カウンセラーを通して神様と出会ったことを意味したんだと思います。

 

© 2013 Makiko Nakazawa

ニュースレター 2014夏号

Posted on Jan 19, 2014 in カウンセリング, ペアレンティング

このリンクをご覧ください。Newsletter 2014 Summer J

 

 

コミュニケーションのパターン

Posted on Nov 2, 2013 in カウンセリング

5つのパターンがあります。 意外と多くの人が“率直で正直な”コミュニケ―ションの仕方を知りません。

1.受け身型 いわゆるいい人、付き合いやすい人と言えます。なだめ役、ほめ上手、対外自分の主張を引き下げて他人に合わせ、人によく思われたい人たちです。とはいうものの、心の深い所に押し込めた怒りを持っています。

2.挑戦型 非難・批判することが多く、相手が自分に合わせるのが当たり前のように思っており、また自分を守るために攻撃的な物言いをする人と言えます。

3.合理主義型 雄弁で聞き手を圧倒するタイプの人です。感情を表さず、論理的なので冷たさを感じさせます。

4.回避型 冗談を言ったり、話題を変えたり、ひどく興奮したふりをしてまじめな・深刻な話しをしようとしない人です。

5.正直型 心を開いて話し合えるひとです。感情に左右されずに自分の気持ちや考えを述べることができ、動揺や状況を人のせいにせず冷静に受け止める人です。

明らかに正直型が良いコミュニケーションの型ですね。 私たちのコミュニケーションの型は、育った環境と実際の人間関係の中から学びとってきたものです。そこには蓄積された感情が背景にあります。 このパターンの違いが個性ともいえます。 自分のコミュニケーション型を認識している人はどれくらいいるでしょうか? 自分のコミュニケーションの仕方がどう周りの人に影響しているか考えたことがある人はどれくらいいるでしょうか? それを変えたいと思っている人はどれくらいいるでしょうか?

 

© 2013 Makiko Nakazawa

 

ひとりひとり違うグリーフ

Posted on Oct 11, 2013 in カウンセリング

悲しいことですが、子どもを亡くした後とか、子どもに障害があると診断された後に離婚する夫婦が多くいると聞きました。どうしてでしょうか。一緒に悲しみや辛さを分かち合っていけなかったのでしょうか。外から見て軽々しくコメントするほど夫婦の葛藤はシンプルなものではありません。それぞれが辛いのです。助けを求めあっているのです。それなのにわかりあえていないと感じるのは想像を絶するほどの心の痛みなのではないでしょうか。

それぞれの個性を認めることは(考え方の違いや感じ方の違い表現の違いを認めること)、夫婦間でそれまでに築いてきたことかもしれません。でもそれが、グリーフになるとわかりにくいんです。グリーフにも個性があるんです。悲しみの乗り越え方は人によって違っても当たり前なんですが、自分のグリーフに向き合うのに精一杯だからです。グリーフの回復を渦巻きで表すこともできます。初めは自分の世界で悲しみに直面するのに精一杯で、やがて外のこと(他の人のこと)が見えてくるのです。

私たちは子どもができず、やっとできた子を死産するという悲しい経験をしました。私は悲しみに蓋をして触りたくない、振り返らなかったら元気に生きていけると無意識のうちに考えていました。ですから、記念日にお墓に行こうという主人に対ししぶしぶ付き合っていたんです。でも、カウンセラーに“ご主人にとっては毎年お墓に行くことは大切なことなのね。彼のグリーフなのね。”と言われ、はっとしました。

今、グリーフのただなかにいる方々、誰もわかってくれないと感じる時、あなたがわかってほしいと願っている身近な人もその人の悲しみの中にあって、今はそれをシェアーしあえない状況にある、私もその人も精一杯この時を乗り超えようとしているんだということを覚えていてください。

境界(バウンダリー)

Posted on Oct 10, 2013 in カウンセリング

境界とは自分と他の人が個々の存在だということを明らかにするものです。家庭内・親子間でこの境界がはっきり引かれていない環境で育つことと自己否定感を強く持つことには関わりがあると “子どもを生きればおとなになれる”の著者は言っています。境界の混乱とはどんなことからおこるのでしょう?(29ページ)

親が子供を仲間として扱う

子どもの年齢にふさわしくない情報を与える。それによって、子どもは重荷を感じたり罪悪感を感じたりすることになる。たとえば、小学生の子どもに、父親が職を失うかもしれないとか、夫婦不仲の愚痴をいうなど。

親が子どもに責任を負わせようとするような発言

たとえば、深底の理由は子どもの責任ではないのに、子どものせいでストレスがたまるからお酒を飲むんだなどという。

親のニーズが子どもより優先する

日頃は、学校での出来事や、どんなに頑張ったか等の話に耳を貸そうともしないのに、表彰されるなど外で子供が評価される時には、誇らしげに子どもの傍らに立って微笑んでいる。親の自尊心を満たすため・利用価値があるときだけしか子どもの存在を認めない。

親が子どもに自分と同じでいるよう求める

親と違う考えや行動をとることを認めない。思春期にはそれが自然な成長の過程なんだと理解せずに、親への面と向かっての侮辱・挑戦と受け止める。

親が子どもを自分の延長とみなす

親が果たせなかった夢をかなえて欲しいと願う。子どもの自由な選択ではなく、親の希望に沿う選択を強いる。

これらを読むと、子どもは尊重されていないと感じるでしょう。こういった待遇の中で育てられたことと自己否定とどう関係があるのでしょう。

“子どもはもともと、親が間違っているとか、親の行動が正しくないといったようには考えないものです。子どもは、自分にとってどうしても必要な存在である親を否定するようなことはできないのです。その代り子どもは、自分が間違っていて、悪いんだという重荷を背負い込みます。そうすることで、親の誤った行動をなかったことにし、少しでも安全を感じようとするのです。” (37ページ)

こんなにも “安全”を感じることが子どもにとっては重要なことなんだと考えさせられます。そして愛される存在でいるために、自分のニーズや感情を切り捨てて親の基準に合わせて生きる努力を始めます。

前回、“子どもの目で見て聞いて感じたことを今もそのままにしておくのではなく、大人の目で振り返る作業をする”と書きました。親の考え方、信念、行動が間違っていたと言うことには成人になっても抵抗があるかもしれません。しかし、親にどんな事情があったにせよ何らかの事情で不健康な行動をとったのです。親を責めることで立ち直ると言っているのではありません。心に傷を負った子どもの頃の経験は、自分に欠点があったからではない、自分が無価値だったからではないという自己肯定から、あの頃の親にいったい何が起こっていたのかを冷静に理解する作業を著者は勧めています。インナーチャイルドのささやき“私はこれでいい。私には価値がある” が聞こえてくるように。

© 2013 Makiko Nakazawa

アダルトチャイルド、インナーチャイルド

Posted on Oct 5, 2013 in カウンセリング

“子どもを生きればおとなになれる” クラウディア・ブラック著(アスク・ヒューマン・ケアー社)という本を読みました。まず、“子どもを生きる”という言葉に惹かれ、パラパラと読み始めるとカウンセラーとして興味を惹かれどういう人が著者なのかも知らずにかなり立ち読みしてしまいました。この著者はアダルトチャイルドという概念の生みの親で、親が依存症などの理由で子供時代に心傷つけられた人たちの回復プログラムを提唱した方です。

親が何らかの理由で、子どもが子供らしく生活できない環境を作っていると、子どもは自分がわからない、自信がない、人からの評価ばかりが気になる大人になっていく。そんな環境で育った人たちに向かって書かれている本です。

以前に“子どもが泣くとどうして辛くなるんだろう”ということを書かれている本を読んだのですが(阿部秀雄著)そこに共通点があると思いました。それは、感情を子供らしくオープンに表現できないで育つ子供という点です。阿部さんが言うのは、過去の泣かさずに子育てしなければならなかった時代に育った人が親になり、その正直な感情を表すことを許されずに育ってきた人は、子供の泣き声に辛い思いがくすぐられ子どもの感情を受け止めてあげられない、その繰り返しが今の親の心の中にある、というのです。

私は、依存症の親とか、家庭内暴力とかが起こっている家庭でなくても、子どもは親の気付かないところで傷ついて、その傷ついた心を見せないで成長していることは稀なことではないように思います。親は精いっぱいに子どもを愛しているのに、子どもにとっては心の底から求めている親が遠い、そんなことが起こるのです。

どのように育ったにせよ、私たち一人一人の中にはインナーチャイルドが生きていると著者は言っています。インナーチャイルドというのは “直観力にあふれ、自発性に満ち、生命力のかたまりのような存在”(14ページ)だそうです。それが、傷ついた心の奥に隠れてしまっているというのです。希望があるということなんですね。隠れているだけなんですから。

子どもの頃の経験で、心が傷ついているというのはどういう状況なのでしょう?“子どもを生きればおとなになれる”の中で、痛みに対する様々な防御法というのが列挙されていました。(44ページ)

  • 自己否定感を埋め合わせるため、自分に価値があることを行動で証明しようとする。決して間違いをおかさず、何事も完ぺきにやろうと努力する。
  • 責められる前に相手のことを責める。
  • 物事をゆがめて見る。事実を認めなかったり、大したことではないように扱ったり理屈をつけたりする。
  • 痛みから目をそらす行動をとる。過剰に食べたり、飲酒したり、薬物を使うなど。

“私は何をしてもダメだ” “私が悪かいんだ” といった自己評価は傷ついた心から出るものです。前回にも書いたように、依存症の親とか、家庭内暴力とかが起こっている家庭でなくても、子どもは親の気付かないところで傷つくことがあります。親としては傷つける気はなかったにしても、他の兄弟と比較、出来事のいきさつをよく知らずに発言した言葉などの繰り返しで子どもの中にネガティブなメッセージが植えつけられます。何らかの理由でオープンに親に傷ついた気持ちを話せないと、子どもはそのレッテルを信じて悲しんだまま大きくなっていきます。

著者のクラウディア・ブラックさんは、“あなたがかつて子どもだった時代にどんな体験をしたにせよ、その時見たり聞いたり感じたことや、そこから受け取った解釈は、あくまで子どもの視点によるものだということ”を忘れないでほしいと書いています。大人となった今、過去を探り、過去と現在とのつながりを探ることで “私はこれでいい。私には価値がある”と言えるようになります。これがインナーチャイルドのささやきです。

子どもの目で見て聞いて感じたことを今もそのままにしておくのではなく、大人の目で振り返る作業をすることで今の自分の行動や感じ方のルートが見えてくるのです。こうして傷ついた心の陰に隠れていたインナーチャイルドのささやきが聞こえてくるようになるんですね。

 

© 2009 Makiko Nakazawa

 

 

 

ニュースレター春号

Posted on Sep 15, 2013 in カウンセリング, ペアレンティング

本文はここをクリックNewsletter 2013 Spring J

本文中のリンクが開けない場合は下記からアクセスしてください。

http://www.blog.crn.or.jp/kodomogaku/2004-5.html

http://www.taiyonoko.com/seikatu-8.html

 

 

 

Dr H.G Ginott から学ぶ 1

Posted on Aug 8, 2013 in カウンセリング

魚は泳ぎ、鳥は飛び、人は感じる

私たちは色々な感情や願望、思考、欲求を抱きます。それは生まれながらにして持っている権利であって、受け入れられるべきもので、適切な手段を通して表現することが許される必要がある、と著者は書いています。

これは“子どもの話にどんな返事をしてますか?”という親に向けて書かれた本に書かれている一節ですが、子どもに限らず誰にも当てはまると思いました。

ネガティブな感情(怒りや悲しみ)は表現しない方が良いとか、こんなことを望むのは自分勝手だとか、こんな風に考えるのは間違っている…と本心に蓋をしてしまうことが多くないですか?著者が言うように ”適切な手段を通して表現することが許される必要がある” と思います。本心を話せる人が身近にいるでしょうか?海外に生活している人にとって心許せる友を持つことは容易なことではないようです。日本人同士ということでお付き合いを始めたまだ日の浅い友達、文化の違う英語でのお付き合いはまだ複雑なことまで話せない。日本にいる家族はいくらスカイプなど便利になってもやっぱり遠い。感情をため込んだ子どもは行動で抱えきれない感情を示します。大人も一人で抱え込んでしまうと精神的に参ってしまいます。

アサーティブネスのクラスを開いていますが、このスキルはまさに ”適切な手段を通して表現する” スキルだといえます。